【本記事を読み解く3つの重要ポイント】
- 「名目」と「実質」の乖離が示すコスト構造の変化
建設投資額は増加基調にあるが、その主因は資材・労務費の高騰であり、実質的な「量」の拡大は限定的である。プロジェクトの採算性は厳しさを増し、コスト転嫁力を持たない事業者は淘汰される局面に突入している。 - 住宅市場における「所有」から「賃貸・ストック活用」への不可逆的シフト
建築費高騰と金利上昇懸念により、持家取得のハードルが上昇。新築着工が乱高下する一方で、既存ストックの省エネ改修や賃貸住宅需要が底堅く推移しており、ビジネスチャンスは「フロー(新築)」から「ストック(維持・再生)」へ移行している。 - 非住宅投資における「質」と「機能」による二極化
オフィスや物流施設では、立地や機能(省エネ、DX対応)による優勝劣敗が鮮明化している。一方で、国内回帰や供給網強靭化を背景とした工場建設需要が堅調であり、投資対象のセクターローテーションが起きている。

投資額増大が隠す「高コスト体質」の定着
(一財)建設経済研究所ほかが発表した2026年1月時点の「建設経済モデルによる建設投資の見通し」によると、建設投資全体の名目額は2025年度に前年度比4.7%増の76兆6,800億円、2026年度には同5.7%増の81兆700億円と、堅調な拡大基調が予測されています。しかし、この数字を額面通りに受け取ることは危険です。
内訳を見ると、名目値の伸びに対し、実質値の伸びは抑制されています。これは、投資額の増加分の多くが、建設資材価格の高止まりや労働力不足に伴う賃金上昇といった「コストプッシュ」によって形成されていることを意味します。マクロ経済的には、物価上昇が継続し、消費者マインドを下押しするリスクも指摘されています。
不動産市場において、これは「作れば売れる・埋まる」時代の完全な終焉を意味します。開発コストの上昇分を賃料や売価に転嫁できる「高付加価値物件」と、転嫁できずに収益性が悪化する「コモディティ物件」との間で、収益構造の断絶が始まっています。
住宅市場:新築信仰の崩壊とストック市場の台頭
住宅分野においては、構造変化が最も顕著に表れています。2025年度の住宅着工戸数は前年度比9.8%減の73.7万戸と大幅な減少が予測されています。これは省エネ基準適合義務化等に伴う前年度の駆け込み需要の反動減が直接的な要因ですが、より長期的な視点では「持家着工の構造的な弱さ」が露呈しています。
住宅価格の高騰に加え、金利上昇の懸念が買い控えを招き、一次取得者層にとって新築持家のハードルは極めて高くなっています。一方で、単身世帯の増加等を背景に貸家(賃貸住宅)の需要は底堅く推移し、2026年度には回復基調に戻ると見通されています。
特筆すべきは、建築補修(改装・改修)投資の伸びです。2025年度の民間建築補修投資は前年度比8.6%増と予測されています。新築(フロー)市場が縮小・乱高下する一方で、既存住宅の省エネ化やリノベーションといったストック市場への資金流入が加速しています。これは、不動産価値の源泉が「新しさ」から「性能(省エネ・維持管理)」へとシフトしていることを示唆しています。
非住宅投資:工場回帰とオフィスの選別
民間非住宅建設投資(建築+土木)は、2025年度に5.9%増、2026年度に6.7%増と力強い伸びが予測されています。しかし、その中身には変化が生じています。
企業の設備投資意欲は底堅いものの、セクターごとの濃淡がはっきりとしています。これまでの市場を牽引してきた物流施設(倉庫)は、供給過多への懸念や建築費高騰により、足元では着工が一部で一服する傾向が見られます。代わって存在感を増しているのが「工場」への投資です。経済安全保障の観点からの供給網強靭化や、円安を背景とした国内回帰の動きが、製造業の設備投資を後押ししています。
また、オフィスビル市場においては、「場所」と「質」による二極化が進行しています。都心回帰や出社率の上昇により好立地・高機能ビルの需要は旺盛ですが、これは供給される全ての床が消化されることを意味しません。高い建築単価に見合うだけの賃料負担能力を持つテナントは、環境性能(GX)やデジタル対応(DX)が完備された物件に集中します。結果として、競争力のない古いビルや立地劣位の物件は、市場から取り残されるリスクが高まっています。
「国土強靭化」が下支えする公的分野
政府分野の投資は、2025年度は前年度比3.2%増、2026年度は同7.8%増と、増加トレンドにあります。この背景にあるのは、単なる景気対策としての公共事業ではなく、「防災・減災、国土強靭化」という国家的な要請です。
特に注目すべきは、政府建築物の補修投資が2025年度に13.3%増と急伸している点です。老朽化したインフラや公共施設の維持更新、そして省エネ化への対応が急務となっており、新規建設以上にメンテナンス分野への予算配分が強化されています。
この公的需要の質的変化は、建設・不動産事業者に対し、新設能力だけでなく、維持管理・長寿命化技術の保有を求めています。安定した収益源となり得るこの分野を取り込めるかどうかが、事業者の経営安定性を左右することになります。
マクロ環境が突きつける「金利ある世界」への適応
2026年度にかけてのマクロ経済見通しでは、実質GDPは緩やかな回復基調にあるものの、雇用・所得環境の改善と同時に、物価上昇や金融資本市場の変動リスクが併存しています。
長らく続いた低金利環境を前提とした不動産ビジネスモデルは、修正を余儀なくされています。建築コストの上昇(名目投資額の増加)と金利負担の増加というダブルパンチに耐えうるのは、高い収益性を確保できるプロジェクトのみです。
総じて、今後の不動産・建設市場は、全体としては「拡大」の数字を示しながらも、その内実は「高コスト・高付加価値」への強制的な転換が進むプロセスにあります。単に土地を仕入れて建物を建てれば利益が出る時代は終わり、建物のライフサイクル全体を通じたコスト管理と、明確な需要(省エネ、強靭化、国内回帰)に基づいた戦略的な投資判断が、勝者と敗者を分かつ分水嶺となるでしょう。





